30年近くお世話になったクリーニング屋さんがあった。
その名は「若狭屋クリーニング」
結婚してマンションに引っ越した際、クリーニング屋さんのチラシが多数投げ込まれた。その中に、ボール紙を名刺の大きさに切って、屋号と電話番号のスタンプを押しただけの
素朴な味わいのものがあった。屋号は「若狭屋クリーニング」。その店に頼み、それからずっと、マンションから今の家に転居してからも、週2回集配をしてもらっていたのだ。
集配の際には、いつもきちんとカッターシャツにネクタイ、上着も着てられたが、ある日、若狭屋さんのお家の前を自転車で通ったところ、暑いからか開けっぱなしの小さい仕事場で、ランニングシャツ一丁で汗だくになってアイロンを当てている若狭屋さんの姿がみえた。
その若狭屋さんが、2年前、地元に戻って小学校の同窓会に出席されたその夜に倒れて、あの世に行かれてしまった(亡くなったことは、今回知った)。1人でされていたので、そのまま廃業。
いつも集配に来られては、ネコをかわいがり、阪神タイガースの話をして、という感じだったのだが、あるとき、「若狭屋さん、若狭のどこですか?」と尋ねたら「若狭の矢代です。実家は今も民宿をしています」とのご返事だったのを記憶に留めていた。
今回の7月の3連休、予定していた沢登りは前夜出発が叶わなくなり断念。
6月末に職場が変わり、業界も違うので、イチから勉強の日々になった。オンで変化が大きいと、オフにエネルギッシュなことをする余裕が無くなる。自転車でどこか行くにしても、地理感の無いエリアに行くのは億劫になってしまう。色々逡巡していたが、「そうだ、若狭に行こう」と思いついた。若狭には若狭屋さんの実家もあったはずだし、訪ねてみよう、と思った次第。
京都に住むサイクリストやライダーにとって、京の街から北上して日本海を目指すのは、旅の第一歩のようなもので、私も学生時代から何度も若狭、特に小浜を訪ねている。
小浜は「海のある奈良」ともいわれ、お水取りの場でもあり、古寺名刹も多い。北前船の寄港地でもあり、文化的にも興味深い。私は参加したことがないが、かつて鯖を運んだという「鯖街道」をリスペクトした「鯖街道ウルトラマラソン」大会が毎年開かれている。
かつて私が所属していた自転車チームでも、毎年、周山街道で小浜往復の180kmタイムトライアルを実施していた。朝6時頃に出発して昼ご飯は京都(高雄)に戻ってから食べていたので6時間位で往復していたのだと思う。
小浜からは「京は遠ても十八里」といわれているように、京都と小浜の縁は深い。
というわけで、例年にない酷暑の中、若狭へと久々に往復自走宿泊サイクリングに出かけた。
写真:栗尾峠旧道から望む周山の街
いつものように、周山街道へ。この道は、カーブと勾配の一つ一つを覚えているくらい走っている。今は、自転車歩行者専用道となった栗尾峠の旧道から周山の街を望む。
写真:美山道の駅
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