ロードレースの思いで:シマノ鈴鹿と丸岡
2015-08-22


5.5%
0:46:41.72 0:00:51.33 101.83% CANNONDALE
36 1993/8/3 32 丸岡93 一般男子A 60 1:32:06.12 39.1 60 169 35.5% 1:27:48.04 0:04:18.08 104.90% CANNONDALE
47 1994/8/14 33 丸岡94 エキスパート 60 1:52:28.20 32.0 71 130 54.6% 1:36:43.37 0:15:44.83 116.28% HONJO
63 1996/8/4 35 丸岡96 ミドル(35〜40) 35 0:49:56.56 42.0 25 133 18.8% 0:48:06.67 0:01:49.89 103.81% HONJO GNU
74 1997/8/3 36 丸岡97 ミドル 27 0:40:58.37 39.5 21 156 13.5% 0:40:54.25 0:00:04.12 100.17% HONJO GNU
84 1998/8/9 37 丸岡98 ミドル 27 0:42:00.95 38.6 27 174 15.5% 0:41:53.53 0:00:07.42 100.30% DE ROSA
92 1999/8/1 38 丸岡99 ミドル 27 0:43:06.20 37.6 20 149 13.4% 0:43:00.02 0:00:06.18 100.24% DE ROSA

◆思い出に残るのは92年の6位入賞。表彰台にあがり、「ミス丸岡」に囲まれた写真など、最高であった。
実はこのレース、峠ピークのトンネルで先頭集団から切れた。下りでトップギヤは50*13であったが(そのころはアウター50を常用)とにかく回転させ、少しずつ前にでた。下り終わった平坦地で必死で走っていると後ろからすごい勢いで抜かしていく人がいた。2周走るエキスパートクラスの人。出走時間が遅いので、ちょうど追いついたところなのであろう。これ幸いと後ろについたところ、絶妙のスピードで人間機関車のように引っ張ってくれる。私にとっては限界スピードだが、ぎりぎり切れないところ。クラスが違うので牽制しあうこともなく、私の決死の形相を知ってか、やさしく引っ張り続けてくれる。なるほど、アシストとはこういうことをいうのかと初めて体感した。

そんな感じでひっつき虫となてばく進していたところ、ゴール方面ともう1周するその人との別れとなる、三叉路近くになって、なんと自分のクラスの先頭集団に追いついた。
ゴールスプリントは無我夢中でかろうじて6位入賞。批判はあるかもしれないが、私にとっては初めてのメジャーレースでの入賞で、思い出深いものとなった。1位と2位は集団から逃げ切っていた模様。 ◆翌93年はクラスアップした。
◆94年は練習不足にもかかわらずクラスアップしたままで2周。この時は悲惨で、暑さの中で、いきなりスタートしてしばらくして川沿いの国道に出る前に切れていた。ヘロヘロでまったくレースにならなかった。
◆95年は出産のため出走せず
◆96年は忘れてしまったが、このころまでは峠のトンネルまでで集団から切れていた。

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